本鷹七味
未来に残したい日本の伝統香辛料

乱世の昔、瀬戸内塩飽諸島は水軍と唐辛子の島として栄えました。
日本最古の唐辛子とも言われる香川(讃岐)本鷹は、
豊臣秀吉の 文禄・慶長の役(一五九二〜一五九八年)とともに、海を渡り現代のキムチの祖となったという説が代々語り継がれています。
 

香川本鷹復活プロジェクト


香川県の公式HPに香川本鷹の事が載っていました。
戦前までは地域(特に離島)の特産品としてヨーロッパにまでピクルスの辛子として輸出されていた本鷹唐辛子が日本の高度成長に反比例して”離島の遺物”として忘れ去られていきました。

香川本鷹の存在を知った時点では、香川県詫間町にTグループだけが栽培しているだけでした。
しかも或る食品会社との契約栽培で一般市場に出回ることはありませんでした。

このことに強い危機感を抱いていた香川県の職員I氏、丸亀市職員のK氏、新人職員の頃香川本鷹を知っているJA香川のO氏、そして私。
4人で始めた「香川本鷹復活プロジェクト」。
元祖栽培地の塩飽諸島(現在は香川県丸亀市に編入された瀬戸大橋の西側に位置する瀬戸内に浮かぶ過疎の諸島)に昔作った経験がある生産者を中心に何度も”個別訪問”を実施、栽培をお願いしました。

2006年10月9日
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山陽新聞に掲載


昨年の12月30日付けの山陽新聞社(本社岡山市)の社会面です。

マスコミとは面白いもので、続く07年1月23日はテレビ朝日系列の瀬戸内海テレビ(本社高松市)の報道番組スーパーJチャンネルで「香川本鷹復活にかける!」で紹介され丸亀市役所職員、我々のプロジェクトの一人川口隊員が口から泡を飛ばしながら主演を演じているそうです。
川口隊員の裏情報によりますと、塩飽諸島の島民は「島が取材された」と浮き足立ち、香川県職員、丸亀市役所職員も今まで香川本鷹プロジェクトを「奇人変人の集団」と遠くで眺めていたものが急に「お友達になりましょう!」コールが起きているそうです。
2007年1月25日
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商品化へのカウントダウン


たったひとつの食品を作るのに約2年かかりました。

香川県農水課I氏、丸亀市役所のK氏、JA香川のO氏、東京の生協のE氏など色々な方との偶然の出会いがなければ実現が出来なかったと思っています。
試作品を3種作りましたがまだどれにするか結論を出していません。それぞれに個性と趣きがあります。

≪使用する原材料が決定しました≫
香川本鷹今回の製品の主役です。国産唐辛子野中で最も辛い品種です。香川県丸亀市の沖に浮かぶ塩飽諸島の皆さんに栽培をお願いしました。
飛騨本鷹岐阜の飛騨地方で細々とですが伝統野菜を守っている生産者がいます。本年度は香川本鷹の収量が限られるためブレンドになります。
山椒和歌山の実山椒を粉末にしました。
青海苔和歌山、岡山産。四万十川程のブランド力はありませんが品質は折り紙付きです。
陳皮国産のみかんからつくる陳皮はほぼありませんが今本鷹七味のために静岡三ケ日のみかんで作りました。
青紫蘇こちらも特注品で奈良の王隠堂農園産の青紫蘇を乾燥、粉末しました。大変香りの高い物に仕上がってます。
白、黒胡麻大阪の老舗和田萬のご協力で九州、三重などの和田萬の契約農家が栽培した胡麻です。来年からは和田萬の全面協力の下塩飽諸島での胡麻の栽培が始まります。
黒大豆七味の中では他の原料の香りを引き立てる名脇役。北海道産。


※2008年より唐辛子は香川本鷹のみを使用しております。
※本年度は数量に限りがあります。またお陰様で色々なところからお声を掛けて戴いています。新たに取引ご希望の法人様がありましたらお早めにお願いいたします。
2007年2月26日
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製造準備開始


香川本鷹の本年度収穫分約100キロを軽トラックに積んで甘利香辛料且賀工場に入荷しました。
滋賀工場では香川本鷹をミルに掛け、一味状態にします。
原料を持ち込む業者の中には薬物殺菌や熱殺菌を要請するところも実は少なくありません。
しかしながら我々は一切の殺菌を断りました。
そのまま皆さんの口に入るモノに殺菌剤は使えません。

2007年4月24日
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最終の原料が決定


青紫蘇(オオバ)の生産者(有)中原温室。

土壌殺菌、化学肥料無添加の青紫蘇です。
香川本鷹七味には無くてはならない重要な原材料のひとつです。
当初の奈良の王隠堂農園産の紫蘇から産地変更をします。
紫蘇は薬味として日本料理には欠かせません。が栽培には大変な量の農薬が使われています。
産地のはっきりしない青紫蘇は余り口にされない方がいいですよ。
中原温室さんのようにトレーサビリティーを公表している生産者のモノであれば安心です。
香川本鷹七味には中原温室栽培の青紫蘇を使う事に“決定”致しました。

2007年4月30日
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