≪Topics≫

2007.9.18 松葉サイダーが朝日新聞に掲載されました!


(松葉サイダー記事抜粋)
<香る松の葉 母の味>京都・美山
 京都・美山の料理旅館[つるや]の女将、岡本千鶴さん(76)は、40年近く、夏になると自家製のサイダーを仕込む。砂糖水とアカマツの葉を一升瓶に入れ、日に当てておくと小さな泡がぷくぷく。松の葉の香りがほのかに漂う。葉についた酵母が糖分を発酵させているのでは、と言う。
 幼いころ、母がよく作っていた。おとなになって作り方を尋ねると、ぼけたふりをして教えてくれない。自分で試行錯誤を繰り返した。マツの種類、砂糖の分量、瓶の色や形…。
 ようやく母と同じ味にできたと思ったとき、そっと差し出した。母はほめてくれ、「作り方を教えたら、まねしただけだったはずや。人生そんな甘いもんと違う。自分で工夫してやることに価値があるのが人生や」と言って笑い、そしてわあっと泣いたという。
 気候によって毎年味が違う。年に一升瓶40〜50本。その一本一本も味が違うという。「このサイダーがずっとなくならないように」と、宿の客にも熱心に作り方を教えている。
 食品企画会社エス・エフ・スピリッツ(堺市)の兼本浩史社長(48)は、岡本さんから製法を学び、それを参考にアカマツの葉を煮詰めたエキスを開発。岡本さんのサイダーのようなマツの葉の香りが漂う「松葉サイダー」を発売した。昨年10月から関西のスーパーなどで約2万本を売った。兼本社長は「背景にある伝統や知恵も知ってほしい」と話す。




2007.8.14 香川本鷹が日本経済新聞に掲載されました!

(香川本鷹記事抜粋)
<幻の唐辛子 復活挑む>
 かつて瀬戸内海沿岸で広く生産されたが、姿を消していた唐辛子「香川本鷹」を特産品として復活させ、島おこしを図る試みが香川県・塩飽諸島で進んでいる。
 試験栽培した昨年の収穫分を使った七味唐辛子が販売され、売れ行きは好調。ラー油の商品かも検討されている。
 香川本鷹はタカノツメの一種で、辛味が強く、十センチを超えるものもある。十六世紀末、朝鮮出兵に加わった塩飽諸島の水軍が豊臣秀吉から恩賞として唐辛子をもらい、栽培が始まったと伝えられる。
 昭和四十年代までは海外にも輸出されたが、高度成長期に安い輸入品に押されて姿を消した。
 復活のきっかけをつくったのは、香川県西讃農業改良普及センターの糸川桂市主席普及員(50)。地方独特の野菜に興味を持っていた糸川さんは二〇〇四年、香川本鷹の特徴などを香川県のホームページに掲載、堺市の食品企画会社から商品化の打診があり、復活計画が始まった。
 〇六年に塩飽諸島にある手島や広島などで試験栽培し、乾燥重量で約百十キロを収穫。今年は作付面積を広げ、本格栽培を始めた。
 糸川さんは「島の農村に活気を取り戻すきっかけになってほしい」と話している。




2007.8.14 香川本鷹が山陽新聞に掲載されました!

※2006年12月30日に掲載されました。
時期が前後致しますが、掲載記事が入手出来ましたのでご紹介致します。

(香川本鷹記事抜粋)
<幻のトウガラシ>
「香川本鷹」復活へ

豊臣秀吉ゆかりとされる丸亀市沖・塩飽諸島のかつて名産品で、絶滅の危機に瀕している幻のトウガラシ「香川本鷹」の復活プロジェクトが進んでいる。香川県、丸亀市、JA香川県の有志が今年、同諸島の本島、広島、手島の農家に呼び掛け試行栽培し、収穫に成功。2007年は本格生産に入る計画で、関係者は「離島を刺激し元気にするスパイスにしたい」と夢を広げている。(井上建吾)
<塩飽諸島で有志のプロジェクト>
 香川本鷹はトウガラシの代表品種「鷹の爪」に比べ二、三倍の大きさ。辛さの中に独特のうま味があるという。一九五五年ごろ刊行された野菜専門書では国内の代表的品種に挙げられている。
 トウガラシは十六世紀に日本に伝来したとされる。塩飽諸島は戦国時代から江戸時代にかけて活躍した塩飽水軍の拠点。本島には豊臣秀吉の朱印状が残るなど秀吉と縁が深く、香川本鷹は同水軍が秀吉から拝領した、と言い伝えられている。
 プロジェクトのメンバーは、県農業経営課の糸川桂市主席専門指導員、丸亀市農林水産課の川口勉副課長、JA香川県丸亀農業センターの奥田義雄所長ら。糸川さんが〇三年、地産池消事業の一環として県産食材を研究、忘れさられようとしていた香川本鷹について本格的に調べ始めた。
 かつては七味唐辛子の材料として食品メーカーに供給し、ピクルス用に欧州に輸出していたが、東南アジアなどからの安価な輸入品に押されて衰退。昭和五十年代半ばで途絶えたと思われていたが、三豊市詫間町の数戸で栽培されていたのを糸川さんが〇四年秋に見つけ、種を保存していた。
 復活プロジェクトは今年二月に始動。堺市の食品会社の兼本浩史社長が香川本鷹にまとめた糸川さんの記事をインターネットで知り、七味唐辛子の商品化を提案。メンバーの呼びかけに島の農家七人が呼応して計約九・五アールで春に種をまき、八月下旬から十一月にかけ約六十キロ(乾燥状態)を収穫した。兼本さんの会社で加工し年明けに初出荷。東京、大阪の生協で会員販売する。
 輸入品を使った量産品に比べ価格は高くなるが、兼本社長は「食の安全性への関心から、産地にこだわる消費者が増えている。自然豊かな島のイメージに加え、秀吉ゆかりの歴史的背景も魅力」と話す。
 三島の人口は約千百人で、高齢化率は83〜50%。実が軽いトウガラシの栽培は負担が軽く、輸送コストも抑えられる。「高齢者でもやれる見通しはついた。これといった農産物がない島の名物にしたい」と生産者の高田正明さん(六一)=手島。
 〇七年は生産者を増やし、収穫・面積ともに倍増が目標。乾燥機導入も検討し、将来的には現地での商品加工も目指す。
 プロジェクトのメンバーは「香川最古の特産農産物と言える香川本鷹を再び全国に発信し、何歳になっても元気に経済活動ができる高齢化時代のモデル地域になってほしい」と期待する。




2007.6.15 瀬戸内放送で本鷹七味が取り上げられました!




2007.5.11 香川本鷹が朝日新聞に掲載されました!

(香川本鷹記事抜粋)
香川・丸亀市 トウガラシで「島を元気に」
過疎と高齢化が進む瀬戸内海の塩飽諸島(香川県丸亀市)では、絶滅寸前のトウガラシ「香川本鷹」が、地域おこしのシンボルとして脚光を浴びている。
タカノツメの一種。大ぶりで辛みが強い。トウガラシの伝来については諸説あるが、県西讃農業改良普及センターの糸川桂市・主席普及員によると、香川本鷹は地元では、戦国時代に水軍の拠点だった島々の民が、豊臣秀吉から朝鮮出兵の戦利品として拝領したとも、もともと島で作られ、出兵の際に朝鮮半島へもたらされたとも伝えられる。
60年代まで瀬戸内海沿岸や島で栽培され、ピクルス用にヨーロッパへ輸出された時期もあったが、過疎化と安価な外国産に押され、市場から姿を消した。
04年に、糸川さんが近隣に同県三豊市で数軒の農家が栽培しているのを見つけ、種を分けてもらった。各地の野菜の種苗を収集・保存する独立行政法人・農業生物資源研究所にもないものだった。昨年から、堺市で食品企画会社を営む兼本浩史さんと、島のお年寄りに栽培を呼びかけ始めた。
「島には産業がなく若者もいない。香川本鷹を通じて歴史を知ってもらい、収入にもなることで、島に誇りと元気を取り戻せれば」と糸川さん。
昨年は手島、広島、本島でお年寄りの9世帯が栽培を試み、約112キロ(乾燥状態)を収穫した。品質はよく、県内外の香辛料メーカーから問い合わせが来ているという。今年は手島と広島の9世帯が種をまき、苗を育てている最中だ。
手島に住む浪指登さん(77)は「軽いから年寄りに扱いやすい。作柄の話題で地域が久しぶりに盛り上がった」と話す。広島の秋山幸夫さん(73)は「昔、おやじが作っていた。これで島を元気にしたい」。
七味とラー油に加工し、今月下旬から関西や四国の生協やデパートで販売する。兼本さんは「言い伝えなどの『物語』をもつ伝統野菜はあちこちにあり、発掘していきたい」と話す。